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Sacranocia

平安神楽~稚児灌頂~

神楽と時雨が途中で立ち寄った寺には、昔ひとりの美少年を奪い合った過去があった。僧たちを縛り付ける季志丸の呪いとは……。※男色注意。

 「稚児草子」は、千年前の男色春画である。
 発行は室町とされているが舞台設定は鎌倉頃なのではないかとの説もある。というのは、室町時代に入ると男色というのは大衆化し、さして隠匿されるものではなかったのだ。稚児草子は僧と稚児との男色行為を五話オムニバス形式で、閉塞された空間の密か事として描かれており、そこに華やかさはまるでなかった。また、男色の発祥を遡れば遠く奈良にまでおよび、中国から空海が持ち帰ったとされている。女人は穢れである。しかし少年ならば逆に清いという発想は、日々煩悩と戦う僧ならではのものではなかったか。それが徐々に民衆に下っていくのである。

 平安時代では、もっぱら僧の間で稚児と呼ばれる少年たちを囲うのは当然の習わしとされ、それらは「衆道」と呼ばれた。



          ○


 しとしとと蜘蛛の糸のようにねばつく雨が降りしきる、六月の夜。蝋燭の火が長くなったり短くなったりする度に神楽の影も伸び縮みした。今夜は少し風もあるらしい。
 膝をずらして簾を引き下ろした。これで風も入ってこない。蝋燭はぴたりと動くのを止めた。暇潰しにと僧が置いて行ってくれたのは源氏物語だった。寺にしては中々派手な物を置くものだと思っていると、神楽の気持ちを先読みした相手は「客用です」と無愛想に告げた。

 残念ながらもう何度も読んだ話だった。友人が暇さえあれば実家に山と送ってくるのである。感想を寄越せと言われて手紙にしたためたこともある。
 お陰で酒の肴にする程には詳しくなった。元々恋愛物語は興味の範囲外で思うところも少なかったが、この空蝉の巻の女には不思議な魅力を感じる。ひっそりと地方で息を潜めつつ、自我を確立した娘。夢中になる光源氏の気持ちを初めて理解した瞬間だった。

 ふと気付くと、背後に時雨が立っていた。先に湯を使うのだと飛び出して行って、いまやっと帰ってきたのだ。額が汗ばんで、心なしか湯気が伝わってきた。


「お待たせ。次だよ」
「ああ」
「なに読んでるの?」

 神楽と机の間に無理矢理身体をねじ込んでくる。

「源氏物語」
「ああ、それね。式部さんには悪いけど俺好きじゃないや」

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