平安桜

忍者、尚太女のとんでもない里帰りに巻き込まれた四納達!神様の事とかちょちょこフィクション祭。

桜がひらひら舞う、春真っ盛りだった。

浜坂四納は渡殿を歩いていた足を止め、藤原家自慢の桜にしばらく見とれた。

昨日物の怪に憑かれた者が現れ、夜中から朝まで除霊してその帰りだった。
同僚の葉奥はまた別の事で外へ出ていた。
自分の部屋へ帰って休んでもいいが、昼間から寝るのが嫌いな四納はそのまま紫式部の部屋へお邪魔する事にした。

袂に手を入れ、ゆっくりゆっくり廊下を歩いていると、いつもの式部の部屋の様子がいつも違う事に気がついた。

大した事ではないが、紫式部は大ヒット小説「源氏物語」を書くのに夢中になっており、四納が挨拶して初めて「あら四納様あ〜」と顔を上げる始末なのである。

それが今日は、明るい光を入れる為に邪魔な格子はみんな上げてしまって、丸見えになった中から手招きしているのが見えた。

珍しい事もあるものである。
四納はちょっと眉を上げ、そのままのスピードで近寄って行った。
話せる距離まで行ったところで突然謎は解けた。

「お客様よぉ〜四納様あ〜」
彼女は客人をひとまず中に入れて、四納の帰りを今か今かと待っていたのだった。

「そうでしたか、どうもすみません。…どちら様でしょう」

「そりゃあもう」

紫式部はにっこり微笑んだ。 四納も気がついた。

四納の部屋ではなく紫式部の部屋に直で立ち入る人物…と考えればだいぶ絞られて来る。
「四納」

か細いくぐもった声が部屋の奥から聞こえた。 勿体ぶって姿を見せないが四納にはもう正体がわかっていた。

「…尚太女さん、出てらっしゃい」

のそのそと尚太女は姿を現した。

尚太女(なおため)。
上から下まで忍装束で固めており、いかにも自分は忍者であるというアピールを全身でしている男である。
しかし実力は期待してはいけない。
忍としての実力が無い為に勝手に「月影忍法」という名前だけは綺麗な流派を作って、特に何をするでもなくフラフラ旅をしているだけなのである。

やはりそういう旅の途中に、四納達と知り合った。
ちなみに尚太女は自分の事を俺、私ではなく「陰(いん)」と呼ぶ。
何故か知らない、月影忍法らしい。

「四納、陰を助けてくれ」

頭をかきながら尚太女はあっけらかんと言った。
「はあ?」

四納の顔が最高に歪む。

「何故です」

「陰はとても困っているのだ、じ、実家から手紙が来た」

本当に困っているように見えた。 実家から手紙がなんだという気持ちで四納はそれを引ったくる。

「長兄の尚鷹(なおたか)からだ」

読みはじめた四納に尚太女が付け加える。そこにはこう書かれていた。



ーーー尚太女。俺だ、尚鷹だ。お前は本当にクズで役立たずだが元気にしているだろうか。お前という奴は盆も正月も帰って来ないで何とする。我が家は最近リフォームしたばかりだ、一度遊びに来い。家族一同、お前の開発した月影忍法を目にかける日を楽しみにしている。
一ヶ月以内に一度遊びに来いーーーーー尚鷹。

しつこく遊びに来い、遊びに来いと連呼しているがこれは。

四納は青ざめて言った。

「果たし状ですか?」

「お主もそう思うか?嘘だ、よく見てくれ、菓子を用意して待つ…とは書いていないか?」

往生際悪く取り縋って来た。 四納は観念した表情で首を横に振った。

「尚太女さんダメです、よしんば書いてあったとしてもばらまかれるのは菓子ではないでしょう」

「何と…!」

尚太女は急にブルブルと震えだした。 とりあえず四納の所に行けば何とかして貰えるであろうと考えていた根性が丸出しだった。

「四納!四納何とかしてくれ!陰はまだ死にたくない!」

更にヒートアップして騒ぎ出す。 面倒な事になった、と四納も舌を巻く。

「一体どうしろって言うんです…私は霊媒師ですよ、忍じゃありません。助けてあげられないんですよ」

「陰達友達ではないか」
尚太女は涙と震えを片付けて、ねっとりと四納を見つめた。 この男のやらしいところだった。
優しくしてくれそうな人にすぐ甘える。

四納はわざと素知らぬ風で。

「さ、どうですかね。ああ、そうだ。赤犬さんがいらっしゃるじゃないですか、彼なら実力も確かですし私が10人行くより頼りになるんじゃないですか」

赤犬。 本名は不明。
四納達はよく知らないが、彼は尚太女と同様の伊賀忍で、見た目とその狂暴性から「伊賀の赤犬」と呼ばれて恐れられていると言う。 尚太女とは違い相当腕の立つ忍である。

彼が助けてくれなさそうな人物である事を知って四納はわざととぼけた。
しかし尚太女はこれ以上ない、腹の立つ顔で首をひねる。

「赤犬?は?陰はそんな奴は知らん」

「これ!あなたの同郷の人じゃありませんか!…全くすぐ人を見るんだから」

「まあそう怒るな。頼れるのは主しかおらんのだ」

よく言えたものである。 四納は少し悩んでから、ふうと軽い息をついた。

「わかりましたよ、まさかあなたの兄上も関係の無い私まで巻き込む事はありますまい。ついて行くだけですよ、大事な事は全部自分でやるんですよ」

とくとくと説明をくれる四納に尚太女は軽く片手を上げて見せる。
「わかったわかった、では行こうか」

端で見ていた紫式部が笑う。

「尚太女様あ、今生のお別れかもしれないから、美味しいお茶はいかがあ〜?☆」

この上ないブラックジョークだった。

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