AILA

エジプト神アヌビスのいぬのきもち。

文:サトミッチ

月明かりが頼りの山道をアヌビスは駆けた。幸い、夜目はきくし、満月だった。

大きな丸い月は地上一杯を照らし、ジャッカルになったアヌビスの足元を助けた。
ふさふさとした毛で覆われた彼の背中は、ある一部分だけが熱くなっていた。上に乗るアルテミスの指が、落ちまいと無意識に力を込めているせいだ。

背中の熱でアルテミスの存在を確かめながら、アヌビスはふと昔のことを思い出していた。


それはもっとずっと小さい頃のことである。だが鮮明に覚えていた。


母に手を引かれ、叔父の追っ手から逃げる時も丁度美しい満月がナイルを照らしていた。
月明かりで白くなった母の横顔を時々見上げては、手のひらに力を込めた。すぐに力を入れて返事があった。


母は無言であった。アヌビスも無言だった。黙って逃げた。



―――大丈夫だよ。お母さん。


少年アヌビスはこっそり母親にテレパシーを送っていた。無論聞こえる訳はない。母の顔は依然として緊張に凍りついている。



少年アヌビスには大人の汚ならしい事情などつぶさにわからないが、なんとなく叔父の恨みを買っているらしいということは察しがついていた。
彼はアヌビスの父親のことが嫌いなのだ。だからおそらく自分のことも嫌いだろう。


それでもアヌビスは思うのだ。



母と叔父は夫婦だから、血は繋がっていなくても俺は叔父の息子でもある。つまりみんな家族じゃないか。


もともとはひとつの血から生まれた俺たちは、誰かの親で誰かの子供なんだ。


わかりあえるさ…いつかきっと。


(大丈夫)


母の手を強く握った。また、握り返された。











膨れっ面のアルテミスが入って来た時、アヌビスは飯を食っていた。


軍議でいよいよ詳しいことが決まった。シヴァの息子ガネーシャを盾にシヴァを誘きだし、ゼウス砲を撃つという至ってシンプルなものである。


アヌビスも城の守備にあたる予定だ。指揮官はアポロン。アルテミスの双子の兄である。


真っ赤になって、興奮で目尻に涙さえ溜めるアルテミスを見たアヌビスは、すぐに何かあったらしいなと気付いた。

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