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Sacranocia

平安神楽~人結び~

平安神楽第二弾。海辺の猟師町で不思議な歌が流行っていた。田舎の村で一際目立つ寺の謎を追う。神楽15~20歳未満設定。

一つ結んで人結び。


二つ回して蓋回し。


三つ引いたら身剥いで、


四つ捩って…









「四つ捩って、何だ」


旅人はへへ、と困った顔で頭をかいた。

家族もいるのに旅好きがやめられずに飛び出して来た、いい歳をして夢見がちな旅人なのである。

無精髭と白髪が目立った。


首から下げた汚い手ぬぐいで顔を拭う。


「実は、あっしもよく知らないんだよね」

中央で赤々と燃える火がぱちり、と爆ぜた。

その様子を瞬きもせず見つめていた神楽はここで初めて顔を上げ、少し驚いた顔をした。

旅人は「すまないね」ともう一度言ってから、ぐいと温めた湯を飲み干した。


「人づてで聞いたものだから」


神楽は俯いた。


「この意味の無い言葉遊びの応酬はなんなんだろうな。一つ結んで人結び、二つ回して蓋回し、三つ引いたら身剥いでってここで急に路線変更しているじゃないか。それは何故だ」

「さあね」


「それに」


と神楽はなおも言った。


「結ぶとか回すとか何の事だ?紐か?蓋は何の蓋だ」


旅人はうるさそうに片手を振った。


「知らん知らんあんたも理屈っぽいね!意味が無いただ遊んでるから言葉遊びじゃないかい!あっしはただあの町に行くならこの言葉を覚えた方がいいって人から聞いたんだよ!」


そんなものか。
しかし訳もわからず人から聞いたにせよ、この男は少しもこういう所が気にならなかったのだろうか。


空っぽになった器を置いて、神楽はのそりと廃屋を出た。


「…ご馳走様」


「行くのかい」


開いた扉の隙間から冷たい風が吹き込んでくる。
旅人は顔をくしゃりと歪め、寒そうに身を縮めた。


「確かに大きな賑わいのある町だが、やめとけ。裏じゃいい噂聞かねえぞ、もう一人の自分に会っただの、死んだ筈のおっかあが追い掛けて来ただの」


承知している、という風に頷いてみせた。
色々言われると嫌なので黙っていたが神楽はいわくつきの場所が好きなので、むしろ望むところだった。
それに、是非訪ねておかねばならないはっきりした理由も持っている。


「あの町にとんでもなくずば抜けた霊力を持っている人間がいると聞いたんだ」


早く閉めろと合図されたので、静かに扉を閉じる。

冷たい風が神楽の法衣の隙間を縫って入り込み、湯で暖まった身体は元の木阿弥になった。


廃墟に拝礼してからくるりと背を向け、向かい風などものともせずにすったすったと歩き出す。









海が近いのか、波音が絶えず聞こえていた。海辺の猟師町は活気がいい。
景気もいいので綺麗な家が多い。

人々も元気がいい。


人口も都とそう変わらないかもしれない。

どこへ行っても魚の匂いがした。
調理して食べるのもあれば、干物にして都に送る為に木箱に詰められているのもある。


神楽は厳粛な寺で育った為に肉も魚も食べられない。
その癖に、民衆の後ろから魚捌きを覗いた。

新鮮な魚を捌いてその場で食べる。

平安時代は現代と違い保存方法が豊かでは無い。
その為に都人は干物の味しか知らないのである。


魚好きの友人の言葉を思い出していたのだ。




「干物もいいですがね、あの生の魚のぷりぷり感がたまらないんですよ!私は干物より生が好きですね…」


その時はふうんと曖昧に聞いていたが、こうして実際に新鮮なのを見ていると、そうかもしれないなと納得する。


「お兄ちゃん、一つどう?」


あまりにじろじろ見すぎた。
神楽ははっとして、黒い目をニ、三度瞬きさせた。


「いや、いらない」


「え?いらないの?あんた坊主かい」


黙って頷くと、店主は神楽に差し出した皿を脇の客に手渡した。


「殺生はいけませんとか言ってくれるなよ、こっちは商売なんだから」


「勿論、人が生きる上での大切な食料だ」


「わかりゃよろしい」


「ところで」


ついでだからこの店主に聞いておこうと、錫杖をかつりと鳴らして神楽は前へ進み出た。

「この辺りに類い稀な霊力を持っている人物がいると聞いたんだが」


「霊力?」

一瞬ピンと来ない顔をしてから店主は手を打った。


「ああ、金色寺(こんじきでら)の金坊(きんぼう)さんの事だな、あの人は徳が高いよ」


金坊、老齢の匂いがした。
一緒に霊媒師やりましょうと気安く言える年齢ではないかもしれない。


それでも黙って帰るよりはマシだろう。


「是非お会いしたいのだが」


「あの人はね、徳が高いだけに凡人には会ってくれないのさ。あんたは成る程真面目そうだがどうだろうなあ」


「そうなのか…」


むっつりと考え込んだ。
しかしこれと言っていい策は浮かばなかった。
とにかく一度訪ねて交渉してみるしかないだろう。

お礼を言おうと口を開きかけた時、


「それなら私と一緒に行けばよろしいでしょう」


突如柔和な声が会話に割り込んで来た。

神楽は少し目を見開いて、声の主に押し出される様に半歩のいた。

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