平安桜~尚太女里帰り~
6
散々痛め付けておいてから葉奥は我に返り、少し落ち着いて深呼吸をしてから湯の中で俯せになっている忍の身体をひっくり返した。
いかつい顔、身体も大きかった。
葉奥は無言で頭をかいた。
「こんなんだっけな」
行脚も近寄って来て、口元に一瞬手を当てる。
「あっ…違いますね…」
「葉奥先輩!」
示結が半ば面食らった表情で、どこから見つけて来たのか棒を渡していた。
「ここにいたんですか」
「いや、色々あってここに辿り着いたんだよ」
重そうにはい上がりながら涙が説明した。 双子姉妹に勝って道を教えて貰ったのはいいがそれは嘘で、おかしな部屋に迷い込みすっかりコケにされた事。
示結はしきりに頷きながら、
「十六渚先輩達らしいですねー」
と失礼な事を言った。
「そっちは?」
ぶっきらぼうな葉奥の質問に勢い込んで出てきたのは小梅の君と月姫だった。
示結を押しのけて我先に喋ろうとする。
「示結が!示結がカッコ良かったぞよ!わらわはまた惚れ直してしまいそうじゃ!」
「姫ちゃん!?示結て何もしとらへんうちのがカッコ良かったやろ!?」
口々に騒ぎたてる。 葉奥は嫌そうに肩を縮ませている示結に向かって、床を叩いた。
「おめえは!また女に守って貰ったのか!」
「なっ…何言ってるんですか葉奥先輩!命の危機に男も女も関係ありますかっての!死にたくないのは誰しも平等じゃないですかああ!」
「言い訳すんな!」
「ひょえーっ」
責められる示結にまた女どもが騒ぎ出した。
「示結は悪くないのじゃ!」
「ホンマホンマ!虐めんといたっておくれやす!」
「今度は俺が悪者かよ!」
小梅の君に袖を引っ張られ月姫に胸ぐらを捕まれ葉奥はもがいた。
「涙さん…」
その様子を冷静に見つめていた行脚が小首を傾げた。
「何だい?」
「モテるって、どうも得ですね…」
「得ってお前…」
引き攣った笑顔で返した。
「数々の兄弟の仇!覚悟!」
一方四納達は、新たな刺客尚墨(なおずみ)と交戦状態に陥っていた。
苦無(くない)を巧みに操る忍で、どんどん積極的に向かってくる。
こういう戦闘に持ち込まれると弱いと四納は痛感する。
疲れやすくて頼りにならない尚太女と、キャーキャー言いながら逃げ回る狐黄。そして忍相手に数珠を振り回す四納、だ。
尚墨はクールな男で、あまりべらべら喋らず黙々と攻めた。
無駄の無い手数で着実に四納達は押された。
飛んで来る苦無を数珠で弾く。
相手の眉がぴくりと動くのが見えた。 段々本気にさせている様で四納はこれ以上刃向かうのが嫌になったが、刃向かわねば殺されてしまうかもしれない。
あまり距離を詰めないように数珠のリーチを活かしてじりじりと下がった。
尚墨の動きをよく見て、よく見て、苦無を持った手が少し上がった時に数珠を投げ、その腕ごと絡め取った。
「凄いわ四納さん!」
すっかり外野気分で応援する狐黄。 彼女に戦わせると葉奥がうるさいので手伝えとは言えない。
「ありがとうございます!」
汗を流しながら尚墨を引き寄せ、四納はえいっと一本背負いを決めた。
「うっ!」
背中を打ったようだ。
やった。
すかさず首に数珠を巻いて降参を促そうと思ったら、尚太女がぴょんと馬乗りになった。
「!な、尚太女さん!?」
尚太女は尚墨の上で胸を反らし、どうだと腕組みした。
「もう無駄だ、降参しろ尚墨!」
尚墨の舌打ちが聞こえた。 同時に彼の長い足も伸びてくる。
「どかんか!」
背中を蹴られて尚太女はものも言わずに飛んで壁に激突した。
それきりぴくりでもない。
「ああ…」
すっかり情けない展開に四納は青ざめた。
カッコつけたかった、カッコつけたかったろうに。
急に冷たい物が首筋に当たり、四納はびくっと肩を上げた。
おそるおそる感触に目をやると、冷えた苦無が首に押し付けられていた。
四納は神に見放されたと思った。
「四納さん!」
狐黄が駆け寄ろうとする。 首を横に振って押し止めた。 口をぱくぱくさせ、「頸動脈、頸動脈」と訴えた。
狐黄も同じように青い顔になる。
「ひよっ子の癖にやるではないか」
耳元で囁く尚墨の声が、死に神の声に聞こえた。
四納は半ば恐慌した。下手に逆らわなければ良かった、やはり怒っていた、私は惨殺される、私は惨殺される、私は惨殺される、私は…
「四納!助太刀するぜ!」
「嫌ですーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
瞬間颯爽と助太刀に入ろうとした葉奥らは勢いを失ってばらばらと転んだ。