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Sacranocia

平安桜~尚太女里帰り~

巳太女~苑太女

肥太女は先に立って歩きながら、淡々と四納達を褒めた。
覆面のお陰で無表情に見えるのと、喜怒哀楽のはっきりしない喋り方で何を考えているのかわからない。

とにかく全員は目の前の人物を、「ちょっと賢い尚太女だろう」と認識しているのである。

ちょっと賢い尚太女は、器用にあちこちに仕掛けられた罠を避けながら、言った。

「主らは凄い、うむ。本当に凄い、あの血気盛んな巳太女を退けてしまうのだから。これはひょっとすると尚鷹も楽勝かもしれん。…いやいや、こんな事を言ってはいかんが、生き残っても京に帰すのが惜しいくらいだ」

あまりに褒め過ぎて四納はかえって恥ずかしくなる思いだった。

「そうぶっちぎって褒めて頂くと嬉しい限りなのですが、それは私達が一つの敵に立ち向かうという事に除霊で慣れているからでしょう、この通り道々仕掛けられた罠にはおっかなびっくりな状態ですから」

言った側から壁から槍が飛び出し、肥太女に服を引っ張られよろける。

これだけでもう生きた心地もしない。
また歩き出しながら肥太女はしきりに頷いた。

「そうよな、主らの最大の難関はこの忍者屋敷そのものかもしれんな、何せ敵をいかに引っ掛けようか工夫に工夫を凝らして作っているうちに、段々楽しくなってきてもっともっと精密に作ろうと思ってしまうものなのだ」

困った忍根性である。
「次はどんな人が出て来るんですかね」

後ろから示結が聞いた。 肥太女は戦闘が始まると一切の援助をしてくれないので、聞くなら今が一番だ。

「次は巳太女の一つ上の兄、儿乃太女(ひとのため)が主らを待ち受けている筈だ」

「儿乃太女って…だから…」

示結の薄笑いに皆目を閉じて頷いた。
わかる、わかるぞ示結、変な名前だよな。

そう心で言い合った。 肥太女は儿乃太女の名前なんか面白くないという表情で、また淡々と言った。

「儿乃太女は類稀な動物使いでな、手なずけた動物は数知れず、そやつらを巧に使って攻撃を仕掛けてくる。中には猛獣の様な者もいるらしいがな」

「猛獣かあ!みんなで餌になるしかないのかなあ!」

涙が涙(なみだ)を流しながら拳を握り締め、叫ぶ。 わざわざ口に出して言われると恐怖が増す。 我が身が餌になる事を想像し、皆青い顔で涙を見た。

「ちょっとやめてよ涙さん…」

「お前はいいじゃねえかよ恐がらなくて、同類なんだからよ!」

「ひっどーい!葉奥は黙っててよ!」


「もしもの話なんですけど」

ひょいと行脚が片手を上げる。 肥太女はどうぞと目で合図した。

「もし僕たちの誰かが道を間違えちゃったりとかしたら、他のご兄弟の方が出てくる事はあるんですか…?」

「勿論だ」

肥太女は大きく頷いた。
「はぐれない様にせねばならぬのう…」

動物使いか…と乗らない気持ちでまたぞろぞろと歩き出した時、尚太女が突如座り込んだ。

「尚太女さん」

四納は呆れて振り返る。 廊下の真ん中で偉そうに踏ん反り返って座っているのだ。

「どうしたんですか」

「疲れたのだ」

これまた平然と言う。これほど体力の無い忍が存在していい訳が無い。

つかつかと歩み寄って、その手を取る。

「疲れてもダメです、これはあなたの話じゃありませんか」

「陰に構わず…行け!」
「そうしたいところですがいけません、格好つけたって無駄です。一緒に行きましょう」

二人のやり取りを眺めながら、葉奥はじろりと狐黄を見下ろした。
「お前背中に乗せてやれよ…」
狐黄はぎょっとして身を引く。

「嫌よー!何であたしが尚太女さん乗せなきゃいけないのよ!」

「これじゃあ進まねえじゃねえか」

「やだやだ絶対やだ!」
断固拒否する狐黄。
すると涙も横からしなだれかかり、茶々を入れた。

「葉奥よ~お前さんそれでいいの?自分以外の男を狐黄の上に乗せるだなんて~俺だったらぜ~ったい言えないなあ~~!」

涙の冗談を悟り、葉奥の顔に朱がさした。
拳を握り絞めて言い返す。

「緊急事態じゃねえかよ!」

「そう~?でも言えない~俺はな~」

尚太女は期待の目を狐黄に向けた。

「おう、お主乗せてくれるのか?」

「やだ!調子に乗らないで!」

「俺は他の男とかそういう意味で言ったんじゃねえからな!」

「ちょっとは考えた方がいいぞ~お前」

少し場が荒れ気味になってきた。 行脚や小梅の君はどうしていいかわからず口をぽかんと開けているし、示結や月姫などは端から止める気など無さそうに傍観している。

肥太女は少し時間を気にする様に天井を見上げ、こもった息を吐いた。

「主ら、はようした方がいいぞ」

それを聞いて四納は嫌な予感がした。
そして今の肥太女の発言を喧嘩三昧で誰も耳を貸していない事が怖かった。

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