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Sacranocia

平安桜~尚太女里帰り~

伊勢~尚太女屋敷。

狐黄は丸々とよく太った、赤身の強い海老を見て興奮せずにはおれなかった。

元々の正体は狐。 肉や魚は大好物だ。

ただ、山には近頃めっきり餌がなく、こんな豪華な獲物には久しくありついていない。

人より優れた嗅覚のお陰で、狐黄の畜生の性がむくむくと頭をもたげるようだった。

欲しい、これが食べたい。

「わあ…凄い大きな海老ですね」

隣に立つ行脚も目を丸くした。 既にいくつか実家に送る土産の袋を下げている。
孝行行脚は質素に、しかして惜しみなく、考えて選んだに違いない。

「美味しそう~食べたいねえ~行脚くん!」
目をハートにさせて狐黄は今にも海老にかぶりつかん程接近している。
行脚はそれにも多少驚いた顔をして見せた。
「葉奥さんに買って頂いたらどうでしょうか…」

成る程、子供の収入に頼る訳にはいかないが、葉奥ならば安定した財力を持っているに違い無い。

「そうかな!?葉奥、葉奥、葉奥どこ!?」

狐黄は普段なら絶対しない葉奥捜しを始めた。 大きな声で呼ばずとも、葉奥は狐黄のすぐ側にいたのだが。

「うるせえ」

濁った声で呟く。 狐黄は葉奥を見つけるやいなや、その袖を引いて海老の前まで連れて行った。

「葉奥!これ、これ!」
「これって伊勢海老じゃねえか」
面白くなさそうにわかりきった事を言う。

狐黄は唇を尖らせた。
「違うわよう、この海老が食べたいの!」
言われて葉奥は眉をしかめ、海老の背中に引っ付いている値札をひっくり返した。

「高ぇ…」
また濁った声で言う。 買おうという気にはならないようだった。

「やっぱり、葉奥さんでもダメですか?」

行脚が小首を傾げる。 葉奥は「そんなもの」と手を振って見せた。

「買える訳ねえ」

「ちぇーっ…食べたかったな…海老」

狐黄の視線は未だ真紅の海老に注がれる。

「残念だけど仕方ないわね、葉奥って倹約家だから」

「そういうこったな」

「何よーー!ケチーーーーー!」

「お前なあ!そういう事は買う方の身になってから言いやがれ!」

またいつもの喧嘩だった。 こうなるともう外野が入る事を許さない雰囲気なので、行脚はその場を離れ四納に話しかけた。
四納もまた難しい顔であちこちを物色していた。 このまま土産だけを買って京に帰れたらどんなにいいか知れないが、気持ちが重くなるのでそれはもう考えない事にする。

「四納さんは、何を買ってらっしゃるんですか?」

「私ですか」

商品から目を逸らさずに四納はゆるゆると言った。「父と母がもう今年で47になるのですよ。それで何か滋養のあるものか、美味しい海の幸を…と思いましてね」

「そうなんですか、優しいんですね」

行脚は口許を綻ばせてほっこりと喜んだ。 家族に優しい行脚は、他人のそういう行いを見るだけでも癒されるのだろう。
引いては自分もそういう大人にならんとする気概が見えた。

四納は頷く。

「ーーーー何ですが、あれを見て下さい」

「あれ?」

四納の示した先には、食べ物商店から少し離れた陰の一角で、マイペースに営む骨董屋であった。

軒先には値打ちのわからない壷や花瓶が並んでいる。
行脚はちらり、と目だけで四納を見上げた。
「四納さん…もしかして…」

「ええ」

力強く頷き、顎をしゃくってみせる。

「珍しい壷だ、今までに見た事が無い。きっと値打ち物でしょう…壷をコンプリートしないでおくのは私の沽券に関わる事ですし…」

「ああ、四納さん…」

行脚は苦しそうな顔で頭を振り、賑わいの中へ消えて行った。

四納は一人で悩み続けた結果、やはり父母への礼は忘れてはならぬと思い、プレゼントという事で実家へ壷を送ろうと決めた。

始終愛でる事は出来ないが、実家に帰る度に目にかかれるかと思うと満更でもない気がした。

「最後の贅沢ですね…」
耳元に響き渡った湿った声に四納は驚いて、少し爪先立ちをしてしまった。
振り返った先にはこれ以上ない近い距離で、湿った顔の示結が立っていた。

「示結君、驚かさないで下さい!」

「先輩…それ、家族への最後のプレゼントですか?この壷を見て、私の代わりと思って下さいって…?」

灰色の顔で近づいて来る。 四納はうるさそうに落ち窪んだ顔を払いのけた。

「おやめなさい、こちらの気が滅入る」

「私達死ぬんですよ…死にますよ」

「おやめなさいと言うのに…」







商店の賑わいもさる事ながら、伊勢のメインは参詣とその行列である。
涙は首を伸ばして、興味なさそうに行列に混じっている尚太女に話しかけた。

「無事に帰る事を祈っておかなくちゃな」

尚太女もしっかり頷いた。

「うん、それから陰が将来大金持ちになる事と、綺麗な嫁さんが貰える事と、豪華な家に住める事と、長生き出来る事を願っておかねばならんな」

涙は笑ってしまった。 素直でよろしいと思うがそれでは神は納得しないだろう。

「いかんぞ尚太女よくばっちゃあ!神様は健気で無欲な人間が好きなんだからなあ」

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