平安神楽
関所を突破し、京は目前。時雨の進退について迷う神楽達の前に、再び星野宮が立ちはだかった。
喧騒も途絶え、関所の扉が完全に見えなくなっても、神楽はしばらく術を解かなかった。
用心の為である。何の用心か。それは、術を使って姿を消した神楽を、どこかで見張っていた星野宮が発見することである。
この技は六呪・土霊という。一定時間自らの霊力を最大限まで高め、姿を霊にしてしまうという、九呪の一つである。隠密行動に便利で、荒技を好む神楽であったが、この術に頼むところは大きい。
「法師様」
どうどうと川が側を流れる。山道だが、この川はやがて鴨川へ続く。そのうち山とは無縁の華やかな京が見えて来るのだ。そして京へ行けば、時雨と会える───予定だ。
鶯に話しかけられ、神楽はようやく術を解いた。
「時雨に何か?」
「いえそうではないのですが……」
小さな頭を振り振り、声を小さくする。この女人は頭があまり良くなく、話す前は必ず声が乏しくなり、しきりに考えながらのろのろ喋った。
神楽は鶯をじっと見つめ、彼女の言葉を待った。そうすることが余計彼女を焦らせているとは、露にも思っていない。
「これからのことで……」
「これからとは?」
「はい。あの」
また少し時間を儲け、鶯は自分が一番良いと頭の中でまとめた言葉を吐いた。
「時雨に会えたとしますね」
「うん」
「あの子をどうやって救い出してさしあげればよろしいでしょうか。化け物になってしまっては、手遅れなような気もするのです」
それは時雨を助け出すと決めた時からの、神楽の課題であった。
「考えがある」
「本当ですか?」
頷く。話し始めてから、少し歩みが遅くなった。ことは急を要する。だがしかし、話しておかなければならないことでもある。
「おそらく時雨の中には妖怪がとりついて同化している」
「はあ」
「まず、時雨の魂から同化した悪い部分を取り除く」
「できるのですか……?」
鶯の視線はどこか疑わしげである。神楽は前を見たまま頷いた。
「時間が経ってしまうと……完全には、難しいかもしれない。ここで半分になってしまった魂を、妖怪に対抗できるものでカバーする」
「それはなんですか?」
「俺の霊力だ」