平安神楽
鶯と共に時雨の痕跡を辿る神楽の前に立ちはだかった、国守よりの使者。その男の目的は───
「このまま、西か」
そうやって、時折神楽は鶯に尋ねた。その度に鶯は肩先で小さな頭をちょこんと振って、
「はい。西でございます」
と、答えた。
時雨の気配を追って常陸から西上し、そろそろ神楽にも鶯にも、時雨の行き先が透けて見えるようであった。
──京ではあるまいか。
鶯の言う通りこのまま西上を続けると、間もなく都が見えてくる筈である。
そうでなくとも、必ず時雨は京で一暴れして行くであろうと神楽は勝手に目算を立てている。
都には魔物が入りやすい。華やかで、生きとし生ける者の世界だからである。
あの明るさは現世の象徴でもあった。まるであの世とこの世を繋ぐ川の様に、魔物の前には一枚岩となる。
──都に惹かれるのは、人も物の怪も変わりないですね。
苦笑混じりに言っていた友人の言葉が過ぎる。
その通りだと思った。
友人の事を思い出し、神楽はやや緊張が緩んだ。
「京には…」
やや和やかに話しはじめた相手を鶯は驚いて見返した。
「はい」
「京には俺の知り合いの霊媒師達が少なからずいるんだ。もし手隙だったら手伝って貰おう」
「頼もしゅうございますね」
「うん」
あの連中なら、時雨の事情を知ったら何かと手を差し延べてくれるに違いない。神楽は信じて疑わなかった。
最低な展開は、何も知らない友人達が都で暴れる時雨を退治してしまう事だ。
「どこかで宿を取り、急ぎ手紙を書く。時雨の事をよしなにして貰わなければ」
「はい」
しっかりと鶯が頷き、神楽は一層早足で歩を進めた。
鶯の感じ取る時雨の気配は気のせいなどでは無いようで、通る先々の村で焼けたり、破壊された建物を見る事が出来た。
次の宿場まで後一息。時刻も程良い夕暮れである。
鶯は幽体なので体力の心配はいらない。このまま都まで驀進してもいい様な気はするが。
「法師様!」
考え事をしていた神楽の耳に鶯の金切り声が聞こえた。
声の意味を知る前にもう飛び上がっていた。
草履で土をしたたかに削りながら着地する。
今しがた神楽がいた場所に、大きな穴ぼこが出来ていた。
「避けおったか。すばしこい…」
ガサガサと音をさして、草山の陰から人が現れた。
だらんと垂れた長すぎる赤い袖から真っ白の腕をあらわにし、胸の前で印を結んだ、公家のような格好をした男だった。