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Sacranocia

平安神楽

後継者を求めて旅する神楽のお話。ギャグと盛り上がりに欠けている。

妖怪、霊。


命ある者の陰の部分であると言う。


奴らはいつも、明るい世界の裏にぴったりと張り付いて、引き込む隙がないか伺っているんだ。


ぼうっとしてると、戻れなくなる。








月明かりだけを頼りに神楽は歩いた。
ただ、歩いた。

大股で突き出た木の幹をかわし、草を踏み分け、無心に歩いた。

頭上では梟がほう、ほう、と不気味に鳴いている。

ここは魔の樹海と呼ばれる程いわくつきの森だった。

入ったら出て来られないのは勿論の事、巨大な妖怪が現れて迷い込んだ人を食い、そいつに化けて今度は捜索隊を食うだの、女の霊が誘うだの、とにかく悪い噂が絶えない。


噂の真偽はともかくとして、神楽はそういう場所に好んで入って行く。


暗い場所や妖怪が好きなのかと聞かれれば特にそうでもないが、そういう話を聞くとどうしても足が向いてしまうのだ。


神楽は不意に歩くのをやめた。
出られないとはこういう事か。

同じ場所をぐるぐる回っているのではない。

景色は毎回違うし急な斜面や坂、それから障害物も多い。


ただ森を出られない。
もっと迷わせ道のような物を想像していただけに、当てが外れて神楽はしばらく考え込んだ。

ここは、どこだ。

しばらくそうしてから、神楽は持っていた錫杖をくるくる回してどん!と地面におっ立てた。


「オオォオオオオオオオオんんん!!」


もはや声とは言えぬ、うるさい超音波が充満した。
突風が巻きおこり、地面もぐらぐら揺れる。

木々も倒れて災害の様になってしまった。


「そこにいたのか」


隆起する土や木を見上げて神楽は感嘆の声を漏らした。

自分は妖怪の背中を一生懸命歩いていたかと思うと笑ってしまう。
山など初めから無い。
平坦な土地にまるでもぐらの様に、妖怪が眠っていただけだ。


そのスケールだけでも恐ろしく巨大で、しかも長年に渡り潜っていたせいで多くの木々は身体に寄生し、触手の様にうねり、葉っぱがぱらぱら落ちて来た。

中心部から女とも何ともつかない顔がキエーッと鳴いた。

よく見たら顔はそこかしこに引っ付いていて、クエーッだの、ギエーだの言っている。


中々の迫力だった。
悪くは無い。

さあ、後は実力を試し合うだけである。








翌日、山の麓は昨夜の落雷の話で持ち切りだった。

星が瞬く美しい夜空に天から雷が走って、あのいわくつきの樹海を消してしまったと言うのだ。

朝村人が通りかかったところ、そこはただの焼けた木が散乱した何もない土地になっていたそうだ。


「神様が罰を下すったんだね、やはり悪い森だったんだよ」


茶屋の主人は勢い込んでそう言い、「今日はいい日だ」と団子を一本サービスで乗せて来た。

その話を黙って聞かされていた神楽は一服もそこそこに立ち上がり、勘定を済ませようとした。

いかにも農民らしくすすけた着物を着ている亭主は、「まいど」と適当な接客業をこなす。
井戸端会議の延長で店をやり始めたといった感じだった。



「あ?」


亭主は大きな声で耳を寄せて来た。
今の一言が聞こえなかったのだろう。


神楽はもう一度聞いた。


「…この辺りで、霊力の高い人間がいるだとか、そういう話を聞いた事はないか」


笑い飛ばされた。

亭主は大きな口を開けて笑った。


「そんな羽振りのいい話あるもんか!羽振りがいいのは今や都と、それからうちの国主様くらいだよ!」


「そうか、ありがとう」

どこも言う事は同じだった。
誰もがうちの国は酷いと言った。
霊力なんかいらない、米を一つでも多く耕せる腕っぷしの強いのがいてくれたらそれでいい、とどこの国でもそう言った。

不満が都から派遣された国主に向けられているのまで同じだった。

そして皆人生を一瞬重ねたに過ぎない神楽を捕まえて、不幸自慢を浴びせかけた。


この展開になったら黙って立ち去るのが良い。

神楽は茶屋を出て果てない旅路へ出発しようとした。


「おい!お前!」


呼ばれたのが自分と思われなかったので、無視をした。


「待てよ、待ってくれ!」


どこまでもついてくる。声の感じからすると男の童だ、振り返ると真っ直ぐこちらに走ってくるではないか。


「あんただよ!法師さん!」


神楽は童が追いついてくるまで待った。
勿論、こんな地方での知り合いはいない。


少年はやっと追いついたかと思えば、用件を言い出す事も出来ずに息を吐き続けている。

髻髪(みずらがみ)の、水干(すいかん)を着た色の黒い少年で、さほどに綺麗では無い。

今更ながら友達の友達の少年を思い出し、彼が類稀な美少年であったのだと思い知る。


「何か用か」

まだ十分に息は整っていないらしいが、聞いた。

少年ははあはあと手を膝につけ、体重を乗せる形で休んでいたが、億劫そうに顔だけは上げる。


「あんただろ?昨日の」
「昨日?」

「落雷だよ!俺は見たんだよ、山のあった所からあんたが歩いてくるの…」


「ああ」

除霊の話か、と納得する。
頷いてやると、少年はやはりと言いたげに並びの悪い歯を見せて笑った。

神楽は少年を凝視したままちらりと首を傾げてみせた。


だから、何だろう。


「あんた霊媒師なんだろ!?」

頷く。
またにやにや笑うのかと思いきや、少年はばっとその場に平伏した。

「何の真似だ」


「お願い!」


少年はいつの間にか目尻に水を貯めて懇願した。


「お姉ちゃんを助けてくれ!」

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