平安桜~春明暁を覚える~
道長配下失踪事件の調査で、森に入った春明を巨大な獅子が襲う。
頬に何かが触れた。くすぐったさで記憶が戻る。瞼はまだ開く気にはなれなかった。猫の尾か、それに近い感触のものは、春明の頬を撫でて、顎までずり落ちた。湧いてくる痒さに腕を振り上げる。ぐっ、と手首を掴まれた。
目前に女がいた。彼女の長い髪が顔全体に垂れ、胸元まで引きずっている。色のない唇を震わせて女が笑う。
「しぶとい坊。逃がしはしないよ」
「誰だ?」
無性に息苦しくなってくる。喋ると蓄えていた酸素ごと魂を持っていかれそうだ。
「こんなに大きくなりやがって。死にさらせ」
最後は雑に頭をはたかれ、夢は終わった。寝覚めは汗びっしょりということもなく、実に快適であった。ただしどこから入り込んだのか、部屋の隅に蛇がとぐろを巻いているのを発見し、夜の夜中にも関わらず春明は方違えを行ったのだった。
「だからって私の布団に潜り込むのやめていただけます?」
迷惑千万です。と、四納は頬をひきつらせた。
「ごめん。で、あんたまだ起きないの?」
日が高くなっても、四納は寝たきりだった。葉奥と狐黄は賑やかに活動している。やいやい言いながら洗濯をし、空の籠を抱えて狐黄が戻ってきた。「ぎっくり腰なんですって」
「え? いつ?」
「あなたが何食わぬ顔で私の布団から抜け出して行った後ですよ。よっこいしょと立ち上がった拍子にクキッという嫌な音がしましてね。大声で呼ばわったがついぞ誰も来てくれなかった」
「そうだったんだ。聞こえなくてごめんな」